Part 1
自分の体をよく知ることが、バレエ上達の近道
本のタイトルに関連しますが、バレエの立ち方というのは、バレエを習っている人であれば自然に身につく基本だと思っていたのですが、そうではないのですか?
日本語が話せる人、誰もが正しい文法で日本語の文章が書けるようになるわけでないように、残念ながらバレエをやっている全員が正しい立ち方を会得できるようになるわけではありません。立ち方ができていなくても脚を高く上げたり、ジャンプしたりすることはできますから、自分が正しく立てていないと気づかない人も多いですね。
基本の立ち方ができていないと、どんな弊害が出てくるでしょうか?
たくさんあります! 見た目でいえば、バランスの悪い筋肉がつく、体の左右のバランスが悪くなります。プロのダンサーとして毎日公演をこなしている人でない限り、ほとんどのケガの原因が基本の立ち方ができていないことから起こったりもします。
基本の立ち方は、ただ立つときだけに使うのではなく、ステップとステップの間だったり、ステップの土台だったりするので、それができていないと、テクニック的にも弱いダンサーになってしまいます。
『バレエの立ち方できてますか?』では、ストレッチやエクササイズが豊富に紹介されていますね。どのように使うのがおすすめですか?
この本でご紹介したストレッチやエクササイズはすごく基本的なものなので、プロを目指している人であれば、難易度アップバージョンのほうもかんたんにできるようになっていてほしいものです。
何かと忙しい大人バレリーナさんだったら、仕事の合間にできるもの、気持ちいいものをチョイスしてもいいですし、レッスンの前のウォームアップのときだけ使用してもOKです。
この本では、解剖学的視点が随所に織り込まれています。ただ漫然とエクササイズやストレッチをするよりも、そのような視点をもつことのメリットを教えてください。
「骨や筋肉をどうやって使っているのか?」を頭で理解できることは上達のコツです。エクササイズの効果も高まります。
“マインドフルネス”をご存じの方は多いと思いますが、脳と体、心と体のつながりは科学でも証明されてきています。
レッスン内でもその知識をバレエテクニックに応用しやすくなりますよ。ほら、先生の注意がわかりやすくなるとか。
*マインドフルネス…瞑想をとおして、”今ここ”の瞬間に意識を向けることで、自分の身体や、感情に気づくストレス低減法。心を鎮めることで、体や心の不調が軽減することが科学的にも立証されている。
なるほど。バレエダンサーに必要なボディコンディショニングについて教えてください。
ボディ=体、コンディショニング=調整、ということで大事なことは自分の体を理解することです。何が足りなくて、何を向上させたいのか? 体作り、というとエクササイズばかりにフォーカスが向きがちですが、栄養も、水分補給も睡眠や休息も体を作る上では大事です。
またダンサーの皆さんにお願いしたいことは、雑誌やSNSで見たエクササイズやストレッチが必ずしも自分に合っているとは限りません。
バレエダンサーはとても体が柔らかいイメージを誰もがもっていると思います。体がかたいとやはりバレエに向いていないのでしょうか?
うーん、体が柔らかいということは解剖学的に見ると「関節の可動域が大きいと」いいます。これは動ける幅が大きい、つまり表現する幅が広いということになるので、より大きく舞台で踊るためには必要になります。ただそれは柔軟性がコントロールできている場合に限ります。ただ床の上で柔らかくても、踊りの中でちゃんと生かすことができなければ意味がありません。踊れる体は、柔らかく、その上強靭じゃないといけないと思いますね。
バレエダンサーは体が柔らかいと同様に、とてもスマートで痩せているイメージがあります。体力を維持しながら、体重を落とす方法はありますか?
まず、何のために「体重を落とす」必要があるのかをしっかりと理解しなければいけないと思います。舞台での見た目なのか、シェアする衣装を着るためなのか、それともジャンプなどテクニックの軽さを求めているのか。それによって方法も変わってきます。
ストレスで食べ過ぎてしまう、海外のホームステイ先の食事が合わないなど、ただ食事の量を減らせば解決する問題ではないこともあります。
バレエの立ち方が正しくなく、無駄に一部の筋肉を使っているとそこだけ筋肥大が起きて太く見える。これも食事量ではなくテクニックの問題になりますね。だから体重という数字にこだわらず、理論的にしっかりと分析していく力をダンサーはつけるべきだと思います。
あと気を付けてほしいのは、プロのダンサーがダイエットグッズやサプリメントの広告に出ているようなことがあります。そのダンサーは実際その商品を使って謳っているような効果を得ているのか、ただイメージに合うという意味で商品の顔になっているだけなのか、広告に踊らされることなく冷静に考えたほうがいいと思います。
調子がよくないと感じたときのケアの方法でおすすめや心がけはありますか?
まずは調子がよくない理由を探してみることからはじめるといいと思います。
体が重く感じるとか、体の動きが鈍いというような調子の悪さであれば、昨晩しっかりと眠れなかった、昨日のレッスンの後しっかりとクールダウンをしなかった、栄養バランスのとれた食事をしていないなど、日常生活で振り返ってみることはたくさんあります。
バランスが取れない、回転がうまくいかないというテクニック的な調子の悪い場合は、基礎ができているか、正しく立ってレッスンをしているか? という基本に戻ることが一番の早道です。
病名がわからないと処方箋を出せない、というのと同じですね。まずは原因解明をお勧めします。
体に痛みなどの不調がある場合、休むかカバーしながらレッスンを続けるかの判断はとても難しいと思いますが、愛さんはどのように考えていますか?
そのダンサーのレベルやスケジュール、年齢によりますね。
幼い年齢であれば今無理をすることが彼女の将来に繋がることはほとんどありません。逆にケガが長引いたり、変な癖がついて上達の妨げになることがあります。
プロダンサーの場合、舞台のスケジュールなどによって休むという判断がダンサー一人ではできない場合があります。ディレクターや医療チームなどと相談し、どの選択が一番リスクが少なく、舞台復帰ができるのか? を考える必要がありますね。日頃からそのような会話ができるような人間関係を作っておく必要がプロダンサーにはあると強く思います。
たくさんのバレエダンサーを見ていらして、バレエがどんどん上達する人と、そうではない人の違いはどこにありますか?
努力の差だと思います。その努力とは、ただがむしゃらに朝から晩までレッスン! というのではなく頭を使ってスマートに考えられる人達がプロとして活動しているように見受けられます。
プロダンサーの舞台裏で働くこともありますが、ダンサーは自分の体への理解が深いものです。何が得意で、何が弱く、どんなトレーニングが必要なのかを知らない人には会ったことがありません。また知識として知っているだけでなくそれを毎日のレッスンの前や後に自主的にトレーニングしているわけですから、努力の塊ですよね。
「トレーニングは明日やろー」というようなプロには出会ったことがありません。きっと、明日は明日でリハーサルや舞台に忙しいからでしょうね。